10.06.20(日) 父の日
6月20日 日曜日 『父の日』
父の日。
皆さんは、父の日をどう過ごされましたか?
中学3年生の12月、父の甥っ子、私の従兄弟にあたる結婚披露宴に、
両親が仲人をつとめることで、家族全員が揃って
従兄弟のお兄ちゃんのお祝いにでかけました。
その帰宅した晩、家族揃って夕食を食べ
姉、ワタシが結婚する時は、
「どんな結婚式になるだろうね?!」
「ウェディングドレスがいい?、お着物がいい?」
なんて~、久しぶりに家族が揃っての、普通の団欒をとったのが
父との最後の想い出です。・・・・
父、47歳。
母、43歳。
姉は、高校2年、17歳。
ワタシは中学3年、15歳。
朝起きたら、父はそのまま、目を覚ますことなく永眠。
とてもカラダが丈夫で、その二ヶ月前にやった健康診断でも異常なし!
でも...その二ヵ月後....心不全、狭心病が原因で、
いわば “ぽっくりl病” みたいな感じで、明け方の4時30頃、
眠るように息をひきとったことを、医師から告げられ、
そのお話を姉、ワタシに母が話してくれたのを、薄っすら記憶してます。
(違ってるかも?!(笑) 、もぅ~あまり覚えていない。。。)
オトンの死に方...。
前日に、オトンの甥っ子の披露宴・仲人だったたら、
オトンの兄弟、親戚と言う~皆に会えたし♪
家族4人が揃って、出かけられた久しぶりな日だったし♪
何も、苦しむことも無く...眠るように亡くなった事....
オトンの死に方は、幸せだったに違いない!
オカンは、今思うと今のワタシの年齢に近い。
(勿論っ、オカンの当時年齢の方が上よっ!)
43歳と言う若さで、旦那さんが朝起きて目が覚めたら、
いきなり、亡くなってて。。。
その子供は、15、17歳。
そーとー、ショックだっただろーし、大変だったろーなぁー。
43歳って、芸能人さんでたとえると、
堀ちえみさん、国生さゆりさん、有森裕子さん、江角マキコさん。。。。とかでしょ。
まだまだ、若いのに、いきなりっ、ジャジャ馬娘・子連れ未亡人....。
オカンに、苦労をかけました。
丁度、その頃、姉もワタシも、メッチャッ反抗期で、
いつもオトンとケンカしたり、TVのチャンネル争い(年代がバレル?) したり、
オトンとの当時の覚えは、
「よく、つまんないことでケンカしてたなぁ~」 です (;^_^A。
小さい頃は、姉の次は男の子が欲しかったようで、
姉は、リカちゃん人形で遊び~、
ワタシはオトンに、革のグローブを買ってもらって・・・
いつも、オトンに連れられて、多摩川河川敷にキャッチボールをしに行ったり、
野球をやっていたような....。
家の前では、近所の子供たちと、 “ハンドベース” ばっかりやっていたよーな....。
小学3、4生ぐらいの頃だったかな?
オトンに買ってもらった、グローブ と 軟式ボール。
グローブの革の匂い...
子供ながら、初めてかいだような匂いだったので、
ちょっと特別な。。。大きくなった?気がする...
そんなことを...フト思い出しました♪
いつも家に帰ると、4人家族なのに、玄関には一杯ヨソの人の靴が一杯で、
玄関の扉は開けっ放し...裏も開けっ放し、
家の中には、近所のオバチャン達がいて、
オカンいないのに、「おかえりぃ~♪」って、オバチャン言われることも多々あった。
「ココはダレのうちじゃ?」って、思うほど、
良くお客さんも、近所の子供たちもわんさかいたなぁー・・・。
そんな大勢のお客さんと、家でやるお食事会?宴会?で、
ワタシは、オトンに仕込まれて、“親子どじょうすくい芸” を披露して、
大爆笑と大拍手された、気分の良かったことも思い出す!(笑)
まるで、これぞっ、“ザ・昭和” の家族風景![]()
です!
亡くなった時、オカンはまだ、43歳で、女手一人で、娘二人を東京で育てるのは
大変だろうと、新潟の親戚中が、
「3人での暮らしを俺達のいる長岡に戻ってこいやぁ~」 と、
すすめられた、親戚会議?みたいな光景をウッスラ覚えています。
オカンが、その言葉に....
「大変かもしれないけど、オトンが残してくれたこの家を守って子供たちと
東京で暮らしていきます。。。。」
みたいな事を...葬儀の終わった数日後に、居残った親戚の人に
話していることを覚えています。
ワタシは、そんなオカンの言葉に。。。。こどもながら、
「私の中で~、これからもずっと、オトンを忘れずに...
オトンが私たちに残してくれたもの~、オトンが大事にしていたもの・・・、
オトンから引き継いでワタシができること。。。何だあるだろう?!」
って、考えました。
その時見つけた、“答え” は、もー、かれこれ○○年も経っていますが
ワタシの中で、コレッポッチも薄れることなく、守り続けています。
それは、かけがえの無い、オトンから譲り受けたもの!
15歳にして、オトンとの、絆?のよーな、オトンとの宝物を自分で見つけられた時。
お仕事から帰ってくるオトンが、
すぐに、顔をグニャグニャに触って、ちょっかい出されることが
大ッキライ!(笑)で、その触られる手が、今で言う “加齢臭?”みたいに、
オヤジ臭くって、なんかデッカクって、ゴツゴツ?ザラザラ?した感触が
妙~に、イヤだったンだけど・・・・
ソレって、オトンの愛情表現だったンかな?!
って、いつも触られた時、キャーキャー言って、その手を払い除けていた自分が
オトンに悪い事したなぁ~って、
棺に入る前。。。。お布団で寝ている、まだほんのり温かいオトンの手を
ジックリ握って、触ったこと。。。。
いっぱい、くだらんことで、ケンカしてたオトンの唇をそっと触ったこと....
その感触と、記憶はいまだにハッキリ覚えています。
(15歳で、死んじゃった人のカラダを触るのが初めてだったから。。。
オトンでもチョット怖かった。)
オトンは、新潟っ子だったから、スポーツも雪国ならではの種目が盛んだったようで・・・
アルペンスキーの選手?だったらしい。。。
そー言われてみれば、家には、トロフィーとか、
アルペンスキーの教本みたいなのが一杯あったけど、
一度も一緒にスキーをすることが無かったなぁ~。
たった15年しかなく。。。。赤ちゃんの時の記憶がないから、
もっと短い気がします。
父を亡くして、大人になったトシになって思うことは、
なんで、
プロレス見る vs 金八先生見る
で、良くケンカしてたんだろー (笑) ^ー^)人(^ー^♪
反抗期じゃなかったらよかった。
つまんないことで、ダダいって、困らせてばっかりだったから、
オトンに謝る事も、まだオトンに、何もやれていないことばっかりだった。
あぁ~、“親子どじょうすくい”の仲だったから、
一緒にお酒を飲みに行くことあったら~
オトンといっぱい笑って過ごせる時間があっただろーになぁ~
オトンと一緒にお酒飲んでみたかったなぁー・・・
スキーも、一緒に滑ってみたかったなぁー
そんな、思春期?、
なんで反抗期ってあるんだろー。
それは、最後にオトンが、ワタシに教えてくれたこと。
人を恨んではいけない
人を大事に思って、思いやりをもって接しなさい
後悔しても、その次がないかもしれない。一つ一つを大事に過ごしなさい。
人のために尽くせる心をもちなさい。
人に感謝していきなさい。
感謝をちゃんと言葉にして伝えなさい。
“親子どじょうすくいい芸” = “笑い” は大事。笑顔のあふれる人生を!
父の日。
年に一回、お父さんのことを、シッカリ思い出す日。
この日は、
日産カップから用事も済ませて~バタバタとした一日だったから・・、
とりあえず、オトンがスキだった、 “バナナ” を食べて、
お線香をあげた。
父の日。
皆さんは、父の日をどう過ごされましたか?
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